福岡縣護國神社|福岡の護國神社を訪ねて

2024年4月。
研修仲間とのゴルフ旅を前に、私はセントレアから空路で博多の地へ降り立ちました。
GWを目前に控えた福岡は、半袖で歩く人の姿も目立つ、汗ばむほどの天候。
参拝の前に、まずは神社に隣接する大濠公園と福岡城跡を散策しました。
お堀に沿って歩けば、水路には可愛らしいカモたちが気持ちよさそうに泳ぎ、人々の憩いの風景が広がっています。
まさに「都会のオアシス」。
この穏やかな平和を噛み締めながら、私は導かれるように「福岡の守り神」が鎮座する地へと向かいました。
福岡護國神社とは?
歴史を語る「緑」の笠木

午後4時、目の前に圧倒的な威容を誇る大鳥居が現れました。
参道にそびえ立つこの大鳥居は、木造の「原木鳥居」としては日本でも有数の大きさを誇ります。
本体は立派な檜の原木で組み上げられていますが、特筆すべきはその最上部、「笠木(かさぎ)」と呼ばれる横木の部分です。
この笠木は、厳しい風雨から巨大な原木を守るため、表面が丹念に銅板葺きで覆われています。
建立当初は赤銅色に輝いていたであろうその姿も、今では「緑青(ろくしょう)」という気品ある緑色の被膜に包まれ、木肌の温もりと見事なコントラストを描いています。
昭和20年の福岡大空襲、周囲が火の海となる中でこの鳥居が焼け残ったのは、原木の力強さと、この銅板の守りがあったからこそ。
まさに、不屈の精神を象徴する「緑の冠」を頂いた大鳥居なのです。
昭和20年の福岡大空襲の猛火さえも耐え抜いたこの鳥居は、今も変わらず、私たちを見守り続けてくれているのです。
この神社にお祀りされているのは、明治維新から大東亜戦争に至るまで、国難に際して尊い命を捧げられた福岡県出身の約13万柱の御英霊です。
再建された美しい社殿へと続く楕円状の階段。
吸い寄せられるように拝殿へと向かい、静かに手を合わせました。
ふと社務所の掲示板に目をやると、明治天皇の皇后・昭憲皇太后の御歌(みうた)が記されていました。
昭憲皇太后の御歌に
自分を映す

「みがかずば玉の光はいでざらむ 人の心もかくこそあるらし」
「磨かなければ宝石も光り輝くことはない。人の心もそれと同じである」。
この言葉が、今の自分に向けられた問いかけのように深く響きました。
英霊たちが守り抜いたこの平和な世で、私は今日一日を、自分自身の心をしっかりと磨きながら生きているだろうかと。
旅の喧騒の前に、己を律する貴重なひとときとなりました。
王道の威厳

今回の御朱印は、まさに王道の威厳を感じさせます。
十六八重菊の紋:
右上の金印は、皇室の象徴である「菊」の中に、潔く散った英霊の魂である「桜」を抱く意匠です。
国家からの至高の敬意と、英霊への変わらぬ追悼が込められています。
中央の朱印:
「福岡縣護國神社印」の重厚な角印が、13万柱を背負う神社の歴史を物語ります。
令和六年四月二十九日:
激動の昭和を乗り越え、今の平和な日本がある。
その「昭和の日」にこの御朱印を授かれたことは、旅の大きな節目となりました。
中州の夜
偶然が手繰り寄せた「再会」
参拝後は、活気あふれる中州の屋台街で梯子酒。
熱燗を傾けながら隣り合わせた観光客と語らえば、「地元の通な方かと思いました」と笑われ、すっかり博多の街に溶け込んだ気分に。
そして、締めの一杯を探して川岸を歩いていたその時、奇跡が起きました。
なんと、地元名古屋の居酒屋で知り合った若夫婦とばったり遭遇したのです!
約束もしていない博多の夜の片隅で、知った顔に出会う驚き。
彼らに連れられ訪れた「日本酒BAR TOKKURI」で交わした地酒の味は、翌日のゴルフも忘れるほどの楽しさでした。
最後は一蘭本店で締め、博多の「縁」の深さを噛み締めました。
祭典
春季大祭 5月3日〜4日
お盆みたままつり 8月13日〜16日
秋季大祭 10月第2月曜日(前日含)
アクセス情報
住所:
福岡県福岡市中央区六本松1丁目1-1
アクセス:
- 地下鉄七隈線「六本松駅」徒歩8分
- 地下鉄空港線「大濠公園駅」徒歩15分
結びに
大鳥居の緑、磨き続ける心、そして中州での奇跡。
今回の福岡参拝は、目に見える歴史と、目に見えない不思議な「縁」が織りなす、忘れられない旅となりました。
「平和で戦争のない世界がいちばん」
あの夜、若夫婦と笑い合った平和なひとときこそ、英霊たちが心から望んだ「日本の姿」だったのかもしれません。


