岐阜護國神社|岐阜の護國神社を訪ねて

2022年10月。
まだ夏の名残がある秋の日、私はマイカーを駆って岐阜へと向かいました。
国道22号を走り、木曽川の大きな流れを越える頃、正面の金華山の頂に岐阜城の姿がくっきりと現れます。

かつて天守閣から眺めた濃尾平野の広大なパノラマは、まさに斎藤道三や織田信長が天下を夢見た、覇者の視点そのものでした。

その城下、長良川が自然の砦となって流れる金華山の麓に、岐阜護國神社は鎮座しています。

岐阜護國神社とは?
長良川の畔に佇む大自然の神社

神社の正面に立つと、堂々たる社名標と大鳥居が参拝者を迎えます。
その先にまっすぐ伸びる参道の奥には正殿が鎮座しています。

一歩進むごとに「さあ、感謝を伝えに行くぞ」という心持ちが自然と整っていきます。

左手の手水舎でお清めをし、境内へ。
そこには、明治維新から先の大戦に至るまで、国に殉じられた岐阜・中濃・東濃各地区出身の英霊3万8千余柱が静かに祀られています。

境内には忠魂碑や平和を願う石碑が点在し、かつての戦火と、今ここにある静寂が深い感動を呼び起こします。

境内に息づく
「五穀豊穣」への感謝

参拝の折、ふと目に留まったのは、刈り取られた稲が整然と並ぶ「稲架掛け(はぜかけ)」の光景でした。
天日干しにされる黄金色の稲穂、その背後に佇む小さな社。

英霊の方々が命懸けで守ろうとした日本の豊かな実り、そして「当たり前の日常」への感謝が、改めて胸に込み上げてきました。

なぜ岐阜県には
3つの護國神社があるの?

岐阜県には「岐阜」「飛騨」「濃飛(大垣)」と3つの護國神社があります。
これは全国的にも珍しいケースです。

その理由は、かつての「旧国名」と地縁の深さにあります。
岐阜県は南部(美濃)と北部(飛騨)で文化も地形も大きく分かれていました。

「同じ郷土の英雄は、自分たちの手で、身近な場所で祀りたい」という遺族や住民の強い願いがありました。

このため、明治政府が定めた「一県一社」の枠に収まらず、3つの祈りの場が大切に守られ続けてきたのです。
まさに地元の「絆」が生んだ、美しい特例と言えるでしょう。

御朱印:
格調高き

授かった御朱印は、岐阜の気品が凝縮された素晴らしいものです。

背景の透かし模様
和紙の地に岐阜護國神社の正殿(社殿)です。
どっしりとした入母屋造の屋根の重なり、正面の階段までもが、美しい線で浮かび上がっています。。

「岐阜護國神社」の力強い揮毫
金華山の力強さと、長良川の清流を併せ持ったような勢いのある筆致です。

菊花紋の輝き
右上に誇らしく押された金の菊花紋がキラリと輝く。
その下には長良川のせせらぎを思わせるような、和紙特有の繊維の風合いが流れています。

祭典

春季・秋季例大祭 4月12日・10月5日

みたままつり   8月15日

アクセス

名称
岐阜護國神社

住所
岐阜県岐阜市御手洗393(岐阜公園内)

アクセス

JR・名鉄岐阜駅から車で約15分(駐車場あり)

路線バス「長良橋」バス停下車、徒歩5分

結びに

参拝後は、近くの「鵜飼ミュージアム」へ。
かつて長良川の船上で食事を楽しみながら見た、篝火(かがりび)の幻想的な鵜飼の情景を思い出しながら、岐阜の深い歴史と文化を再確認した一日となりました。

天下人が見上げた同じ空の下、私たちは今、平和な秋の実りに感謝を捧げることができます。

「平和で戦争のない世界がいちばん」

この願いを繋いでいくことこそが、金華山の麓で眠る3万8千余柱の英霊への一番の報いなのかもしれません。