石川護國神社|金沢の護國神社を訪ねて

2025年8月。私は福井の一乗谷朝倉氏遺跡にて、ボランティアとして「万灯夜」のろうそくに火を灯しました。

北陸の厳しい暑さの中、汗だくで活動した後に広がった幻想的な灯りの海。

あの幸せな記憶を胸に、翌日、車を走らせて次なる目的地・金沢へと向かいました。

石川護國神社とは?
加賀藩主の想いを
受け継ぐ祈りの杜

金沢城公園や兼六園にほど近い、街の中心部の高台に鎮座する石川護國神社。

その歴史は古く、明治3年に加賀藩主・前田慶寧(よしやす)公が戊辰戦争の戦死者を祀るため、卯辰山に招魂社を建立したのが始まりです。

現在、この社には4万4千余柱の尊い御霊が祀られています。

旅のミニ知識:
なぜ「縣」がつかないの?

全国には「〇〇縣護國神社」と呼ぶ社が多い中、ここはシンプルに「石川護國神社」と呼びます。

昭和初期の名称改称時の申請書類の書き方や内務省とのやり取りの中で決まった名称がそのまま現代に引き継がれているのです。


このほか、岐阜(岐阜・飛騨・濃飛)や北海道(北海道・札幌・函館)のように、一つの道県内に複数の護國神社が存在する場合、特定の都市名を冠して「縣」をつけないケースが見られます。

一文字の有無に、地域の歴史と配置の妙が隠されています。

涼を呼ぶ手水舎と
歴史を物語る碑

第一鳥居をくぐり、左手へ進むと、そこには数多くの顕彰碑や慰霊塔が静かに佇んでいました。

活動の疲れと暑さを癒してくれたのは、入り口の手水舎。
その水の清らかさと涼しさは、まさに都会のオアシスのよう。

参道を一歩進むごとに、心の中の雑念が消えていくような不思議な感覚を覚えました。

樹齢四百年の
五葉松と「顕忠」の文字

第二鳥居の脇で参拝者を迎えてくれるのは、樹齢400年を超えるという立派な「五葉松」です。

加賀百万石の歴史を見つめてきたその枝ぶりは、力強くも優雅。

拝殿内の額には、忠義を明らかにするという強い意志が込められた「顕忠」の文字が掲げられています。
一方で、ここは「願掛けの五葉松」として、恋愛成就を願う方々にも非常に人気があるのだとか。

武士の厳しさと、金沢らしい華やかさが共存する魅力的な場所でした。

御朱印に刻まれた
「独自の意匠」

今回授かった御朱印には、石川護國神社の重厚な墨書きとともに、金沢らしい情緒が配されています。

  • 願掛けの五葉松(右下):
    境内の象徴である立派な松が朱色で鮮やかに捺されています。
  • 独自の梅鉢紋(中央右):
    通常の丸い花びらとは異なり、中心が星形(剣型)に尖った、護國神社らしい凛とした意匠が桜色で捺されています。
    金沢の伝統と武士の気概を同時に感じさせる特別なスタンプです。

祭典を通じて平和を願う

石川護國神社では、年間を通じて荘厳な祭事が執り行われています。

  • 4月19日 春季例大祭
    石川の春を祝い、郷土の発展を祈る大切な祭典です。
  • 8月15日 万灯みたままつり
    終戦の日に合わせ、無数の提灯に明かりが灯され、英霊を慰めます。
  • 10月19日 秋季例大祭
    実りに感謝し、平和な日々が続くよう願う重要な祭礼です。

旅の彩り:
金沢の情緒を堪能する

これまで何度も訪れた金沢ですが、先月も愉快な仲間たちとこの街の粋を堪能してきました。

  • 兼六園と東茶屋街:
    歴史ある町並みの茶房で過ごすひとときは、まさに心の洗濯です。
  • 金沢麩の美食:
    伝統の「麩」を活かした繊細な料理に、加賀百万石の食文化の奥深さを実感しました。
  • 21世紀美術館:
    歴史と現代アートが共存する、金沢の懐の深さを象徴するスポットです。

アクセスと参拝の基本情報

神社名:
石川護國神社(いしかわごこくじんじゃ)

住所:
石川県金沢市石引4-18-1

アクセス:
北鉄バス「出羽町」バス停より徒歩約1分(兼六園・随身坂口すぐ)。

結びに:
次なる祈りの地、富山へ

高台から金沢の街を見守るこの社の静寂は、私の心に深く刻まれました。

あわただしい訪問ではありましたが、名残惜しさを感じつつも私はさらに足を延ばします。

翌日、富山の大地に鎮座する「富山縣護國神社」での新たな出会いを楽しみに、夕暮れの金沢を後にしました。

「平和で戦争のない世界がいちばん」

百万石の誇りと、優しい願いが交差するこの杜から、私はまた新たな感謝とともに次なる目的地へと向かいます。