京都霊山護國神社|京都の護國神社を訪ねて

2024年11月。
大阪での華やかなアワードに参加し、充実感に包まれた翌日のこと。
私は大阪駅から京都へと向かいました。
最近、京都を訪れる機会は何度かありましたが、団体の賑やかさの中ではなかなか叶わなかった場所――「京都霊山護國神社」への参拝を、今度こそ果たそうと決めていたのです。
選択ミスも
また、旅の「修行」
京都駅に到着した際、私は手痛い選択ミスを犯してしまいました。
キャリーバッグをコインロッカーに預けるのを忘れ、そのままバスに乗り込んでしまったのです。
東山安井のバス停で下車し、目の前に現れたのは、目的地へと続く長い長い上り坂。
「なぜ、持ってきてしまったのか……」
後悔しても後の祭り。
湿気を帯びた汗ばむ空気の中、何度も持ち手を変え重いバッグを引きずりながら、一歩一歩「維新の道」を登ります。
しかし、明治元年(1868年)に日本で最初に設立された招魂社という歴史を思えば、この苦労さえも、志士たちの魂に触れるための必要な「修行」のように思えてくるから不思議です。
京都霊山護國神社とは?
喧騒の先に広がる、
静寂の「昭和の杜」

観光客の喧噪を背に、第一鳥居をくぐり、さらにきつい坂を登り切った先に、ようやくその空間は現れました。
一歩足を踏み入れると、そこは「昭和の杜」と呼ばれるにふさわしい、静かな時間が流れる別世界。
この神社には、明治維新から大東亜戦争に至るまでの7万3千余柱の尊い御英霊がお祀りされています。
目の前に佇む正殿は、歴史の重みを一身に背負い、本殿の両翼に翼舎(よくしゃ)を構えた端正な招魂社建築。
歴史ある神社ならではの重厚さと、どこか凛とした潔さを感じさせる佇まいに、坂道の苦しさが一瞬で消え去るような清々しさを覚えました。
龍馬たちが見守る、
京の街
ここには坂本龍馬や中岡慎太郎をはじめ、幕末維新を駆け抜けた殉難者たちが静かに眠っています。
さらに高台へと続く墳墓への参拝は、流石にこのキャリーバッグを抱えては難しく、今回は断念しました。
けれど、この地を訪れ、同じ風を感じただけでも、彼らの志が今の日本に繋がっていることを確かに実感できました。
沖縄へと繋がる、
不思議な縁
参拝後に知った、心揺さぶられる事実があります。
かつてここ京都霊山の地に建っていた鳥居が、現在は遠く離れた沖縄縣護國神社へと移設されているというのです。
幕末の京都と、激戦の地となった沖縄。
場所も時代も違えど、平和を希求する心は、一つの鳥居を通じて固く結ばれている。
旅の最後に、深い感動が押し寄せました。
御朱印:
「維新の息吹」

授かった御朱印は、まさに「維新の息吹」を感じさせるものでした。
- 中央の揮毫:
「京都霊山護國神社」と太く、力強く書かれた墨書き。
特に「靈」の文字に宿る威厳に圧倒されます。 - 歴史を物語る朱印:
中央に押された大きな印は、日本最古の護國神社としての誇りを感じさせます。 - 令和六年十一月十六日:
秋の湿り気を感じる日、キャリーバッグと共に坂を登りきった、私にとっての「修行の日」の証です。
祭典

主な祭典:
4月28日:春季例大祭
8月13日~16日:みたま祭
10月14日:秋季例大祭
11月15日:龍馬祭(坂本龍馬命日祭)
アクセス
名称:
京都霊山護國神社(きょうとりょうぜんごこくじんじゃ)
住所:
京都市東山区清閑寺霊山町1
アクセス:
JR京都駅D2乗り場より市バス206系統「東山安井」下車、徒歩約15分。
竹林の静寂に癒やされて

帰路、私は竹林で有名な高台寺に立ち寄りました。
天を突くように真っ直ぐ伸びる竹林の中、静寂な和の庭を散策していると、それまでの「修行」のような坂道の疲れが、しっとりとした京都の空気の中に溶けていくようでした。
結びに
重い荷物を引きずりながらの坂道は、確かに過酷でした。
しかし、あの長く続く坂道や階段は、かつて新しい日本を夢見た若者たちが駆け抜けた情熱の跡。
そのおかげで、今の私たちが享受している「当たり前の平和」が決して楽に手に入ったものではないことを、彼らの苦労の万分の一を体感させられ、それを教えられた気がします。
「平和で戦争のない世界がいちばん」
志士たちが夢見た新しい日本。
その空の下で、次回は身軽な姿で龍馬さんの墓前へ挨拶に行こう。
そう心に誓い、京の街を後にしました。


