富山縣護國神社|富山の護國神社を訪ねて

2025年8月。
福井の一乗谷で灯した「万灯夜」の余韻を胸に、夏の陽光にきらめく日本海を左手に北上。

冬の荒波とは一変、穏やかで深い青をたたえた海に癒されながら、北陸三県巡りの最終目的地、富山へと辿り着きました。

富山縣護國神社とは?
戦火を越えて再建された
「平和の象徴」

かつてイタイイタイ病の歴史を刻んだ神通川のほとりに鎮座する、富山縣護國神社。

明治46年に創建されましたが、昭和20年8月1日の富山大空襲により社殿を焼失。
現在の壮大な社殿は昭和29年に再建復興を遂げたものです。

ここには、明治以降の戦没者や公務殉職者など、2万8千余柱の尊い御霊が祀られています。

圧倒される「大拝殿」の風格

参道を進むと目に飛び込んでくるのは、圧倒的な存在感を放つ「大拝殿」です。

総檜造りの銅葺き屋根は、見る者を包み込むような包容力と厳かさを併せ持っています。

3度目の参拝となる今回も、その凛とした佇まいに改めて深く圧倒されました。

鎮魂の祈り
8月1日の灯火

富山の人々にとって、8月1日は忘れられない日です。

毎年この日、大空襲で亡くなられた方々への鎮魂として、夜空には大きな花火が打ち上がります。

神社でも「万灯みたままつり」が執り行われ、境内に鎮座する「富山縣鎮霊神社」とともに、戦火に散った多くの命へ静かな祈りが捧げられます。

私たちが一乗谷で灯したろうそくの火が、ここ富山の鎮魂の火とも繋がっているようで、深く胸が熱くなりました。

御朱印に刻まれた「遺詠」
高田豊志氏の最期の想い

今回授かった御朱印には、胸を打つ言葉が記されています。

  • 「忠魂不滅 遺詠」:
    特攻隊員として21歳で散った高田豊志少尉の「母への想い」が記された、深く重みのある内容です。
  • 真心による授与:
    驚くことに、こちらの御朱印は「無料(志納)」で授けていただきました。
    参拝者の心に寄り添う神社の深い慈しみが、墨書きの文字を通して伝わってくるようです。

遺詠: 「夢にだに 忘れぬ母の 涙をば いだきて三途の 橋を渡らむ」

夢にまで見る母の涙を抱いて逝くという、若き隊員の最期の言葉。
今の平和な日常が、こうした尊い犠牲の上に成り立っていることを忘れてはならないと強く感じました。

祭典を通じて平和を願う

富山縣護國神社では、年間を通じて多くの祈りが捧げられています。

  • 4月25日 春季例大祭
    立山の残雪を背に、春の訪れを祝う祭典です。
  • 8月1日 万灯みたままつり
    空襲の記憶を刻み、鎮魂の灯火を捧げる大切な日です。
  • 10月5日 秋季例大祭
    豊かな実りと平和に感謝を捧げる秋の祭礼です。

旅の彩り
天然の生け簀「富山湾」の宝石

富山の旅を締めくくるのは、五感を満たす美食のひとときです。

  • 富山湾の幸:
    シロエビ、太刀魚、のどぐろ。
    地元の友人と隠れ家のような居酒屋で味わう地酒と旬の味覚は、まさに至福でした。
  • 天然の生け簀:
    訪れるたびに感銘を受けるお寿司のクオリティ。
    富山湾が育む豊かな生命力を、一口ごとに実感します。

アクセスと参拝の基本情報

神社名:
富山縣護國神社
(とやまけんごこくじんじゃ)

住所:
富山県富山市磯部町1-1

アクセス:
JR富山駅から車・タクシーで約10分。

結びに:
北陸三県、祈りの道を終えて

福井から金沢、そして富山へ。
それぞれの地で吹く風は異なりましたが、先人たちが守りたかった「平和」への願いは、どこも同じく温かく、力強いものでした。

富山の大拝殿を仰ぎ見たあの空の青さを、私は生涯忘れないでしょう。

「平和で戦争のない世界がいちばん」

心からの感謝を込めて、北陸縦断の旅を締めくくります。