神奈川縣護國神社|鎌倉の護國神社を訪ねて

全国の護國神社を巡り、今回で32か所目の参拝となりました。
今回訪れたのは、神奈川県鎌倉市に鎮座する神奈川縣護國神社です。
台風の影響が残る小雨の中、湘南モノレール「富士見町駅」からスマホのナビを頼りに住宅街を歩くこと約8分。
右手に現れた小高い丘への階段を上ると、緑に囲まれた社殿が見えてきました。
護国神社とは?
戦前、国(内務大臣)が指定した「指定護国神社」は、1939年(昭和14年)4月1日時点で34社、太平洋戦争末期までに51社が指定されました。
これらは当時の近代社格の一つであり、現在ではその多くが神社本庁の別表神社となっています。
実は、1939年、神奈川県も県議会が「神奈川県に護国神社を創建する」と決議。
横浜市三ツ沢に用地(約3万坪)を確保し、まさに「内務大臣指定護国神社」としての指定を受ける直前まで計画が進んでいました。
しかし、1941年(昭和16年)に着工したものの、1945年(昭和20年)5月29日の横浜大空襲により、建設途中であった社殿は戦禍により焼失してしまったのです。
神奈川縣護國神社創建へ

神奈川県は焼失により以後建設を断念し、用地を横浜市に払い下げ、その跡地は現在三ツ沢競技場となっています。
以後、2012年(平成24年)3月31日に発足した有志による「神奈川県護国神社を再創建する会(現・神奈川県護国神社氏子會)」の執念の再興運動が、この間、途切れることなく引き継がれてきました。
そして長年の尽力を経て、2020年(令和2年)年11月15日、ようやく現在の鎌倉市に土地を購入して仮宮が創建・鎮座されました。
御祭神である「神奈川縣英霊」「硫黄島海軍英霊」「海軍予備練習生英霊」の合わせて4万6千柱をお祀りする場所が定まるまで、80年以上の歳月が必要だったのです。
当日清掃奉仕をされている方々と出会え、当神社の経緯などお聞きする機会をえて、失礼ながら多くの英霊をお祀りするにはこれでは小さいのではとお尋ねしました。
すると、「社(やしろ)があり、感謝を伝える場所があれば建物の大きさは関係ない」という氏子さんの言葉が深く染み渡りました。
台風のさなかに起きた
3つの偶然という名の奇跡
今回の参拝では、自分が「なんてツイてる男なんだろう」と思わざるを得ない、素晴らしい出会いがありました。
月に1度の清掃奉仕の日:
私が訪れた日は、ちょうど氏子会の皆さんが奉仕活動されている日でした。
御朱印をいただき貴重なお話を聞く機会がえられました。
県花「ヤマユリ」の一輪咲き:
境内に植えられた神奈川県の花「ヤマユリ」が、まさに今日、今年の一輪目を開花させてくれたのです。
このヤマユリは、氏子会の皆さんが植えて育ったそうです。

温かい一期一会の記念撮影:
名古屋からはるばる参拝に来たことをお伝えすると、ひと休憩されていた皆さんが快く集まってくださり、最高の笑顔で記念写真を撮ることができました。

御朱印:
愛情で包み込む御神紋「抱櫻」

力強い墨書きの上に美しく押されている朱印は、神奈川縣護國神社の御神紋である「抱櫻(いだきざくら)」です。
この御神紋は、2012年(平成24)年12月に有志の公募・投票によって決定されたものです。
英霊(桜花)を包み込む愛情(桜葉)をイメージして作られており、お国のために命を捧げられた方々を優しく抱擁するような、深い慈愛の心が表現されています。
この紋様を見つめているだけで、神社に関わる方々の英霊への温かい想いがダイレクトに伝ってくるようです。
アクセス
神社名:
神奈川縣護國神社(かながわけんごこくじんじゃ)
鎮座地:
神奈川県鎌倉市台4丁目1199−19
アクセス:
JR大船駅から湘南モノレール線に乗り換え
「富士見町駅」下車、徒歩8分
マイカーの場合は、新湘南バイパス「藤沢IC」から約40分
駐車場がないため近隣のコインパーキングを利用してください。
結び:
尊い「心と行動」に支えられ
記念写真を撮っていただいた後も、氏子会の皆さんはすぐに作業に戻られ、境内周辺の清掃や、私が上ってきた階段付近の草刈りを黙々と続けられていました。
額に汗を流しながら境内を守るその姿を見て、「ああ、こうした方々の尊い『心と行動』こそが、この神社を、そしてこの国の平和を支えているんだな。」と感慨深く、胸が熱くなりました。
本当に、遥々来てよかったです。
平和で戦争のない世界がいちばん。
その当たり前の平和の礎となった英霊の方々に、ようやくこうして静かに手を合わせる場所ができたこと。
そしてそれを守り続ける温かい人たちに出会えたことに、心から感謝の念が湧き上がります。
建物の大きさではなく、そこに込められた人々の「想い」の深さを教えてくれる、素晴らしい神社です。
鎌倉にお越しの際は、ぜひこの歴史のバトンを繋いだ地へ足を運んでみてください。


