長野縣護國神社|松本の護國神社を訪ねて

2026年4月。
山梨から始まった親子二人旅は、信州の地へと続きます。

諏訪湖で心温まる一夜を過ごした翌朝、私たちは「君の名は。」の聖地としても知られる立石公園へと車を走らせました。

眼下に広がる諏訪湖の青、そして遠く冠雪した南アルプスから北アルプスまでが一望できる大パノラマ。

晴れ渡った空の下、この美しい国を次世代へ引き継いでいく責任を、31歳になった息子と並んで静かに噛み締めました。

歴史を繋ぐ、諏訪大社と松本城

長野縣護國神社へ向かう道中、まずは諏訪大社本宮へ。
龍の口から溢れる温泉の手水に驚き、空高くそびえる御柱の迫力に圧倒されながら、旅の無事を感謝しました。

その後は松本市街へ。
国宝・松本城の漆黒の天守は、アルプスの山々を背景にどこまでも勇壮です。

急な階段を一段ずつ登りながら「昔の人はこの景色をどう見たのだろう」と息子と語り合い、戦国から続く日本の建築技術の粋に感心するばかりでした。

長野縣護国神社とは?
杜の中に鎮座する、
信濃国の守護

信州そばで腹を満たし、いよいよ今回の目的地、長野縣護國神社に到着しました。

1938年(昭和13年)、戊辰戦争からの戦没者を祀るために創建されたこの神社。

現在の社殿は1942年(昭和17年)に竣工されたものですが、年月を経てなお、ゆったりと大きく構えられた拝殿は、訪れる者の心を静かに鎮めてくれるような、深い包容力に満ちていました。

正殿前の広々とした境内では、名残の桜が私たちの到着を待っていてくれたかのように花を咲かせていました。

「嗚呼戦友」
過酷な歴史を語り継ぐ

正面の大鳥居をくぐると、左手に刻まれた「嗚呼戦友」の文字が目に飛び込んできました。
ニューギニア戦没者の慰霊碑です。

ニューギニアの戦いは、激戦もさることながら、飢餓やマラリアといった感染症との戦いでもありました。

18万人という膨大な犠牲者のうち、戦闘による死者よりも、病や飢えで命を落とした方の方が多かったと言われるほど凄惨なものでした。
長野県出身者も2800人に及ぶと記されていました。

また、この地にも「あゝ特攻」と刻まれた若き隊員の像もあり、160名余りの若者が未来を信じて空へ飛び立っていった記憶を今に伝えています。

御朱印
「信濃國総守護」

今回拝受した御朱印には、「信濃國総守護」の文字。
信州全域とそこに住む人々を守護するという強い意志が感じられます。

左上の赤いスタンプは、変体仮名で「みすず」。鎮座地である「美須々」と、信濃の枕詞を掛け合わせた美しい響きです。

令和八年四月二十二日。
この日付は、私の護国神社巡りにおいて、初めて息子と共に並んで手を合わせた記念すべき日となりました。
信州の澄んだ空気の中で拝受したこの一筆は、親子の絆の証として、私の宝物になりました。

初穂料:300円(※最新の情報は現地でご確認ください)

祭典

例祭       4月30日

献灯みたま祭   8月13日~16日

アクセス

神社名:
長野縣護国神社(ながのけんごこくじんじゃ)

鎮座地:
長野県松本市美須々6-1

アクセス:
JR篠ノ井線・大糸線「松本駅」下車。お城口(東口)へ。
信大横田循環線(系統番号:130)のりば、 「信州大学・浅間温泉入口」方面バス「追分」バス亭下車徒歩1分。またはタクシー約15分。

マイカー利用の場合は、長野道松本ICより車で約15分(無料駐車場200台あり)。

結び:親子旅を終えて

交代で運転しながら、歴史を語り、景色に感動し、美味しいものを共に食べる。 今回の親子旅を通じて、息子もまた「平和」というバトンを自分なりに受け取ってくれたのではないかと感じています。

「平和で戦争のない世界がいちばん」

この美しい信州の風景が、そして世界中の穏やかな日常が、これからもずっと続いていきますように。